プチ小説「西洋文学の四方山話 宇宙人編 4」

福居は先週立命館大学校内の西側広場で和風ハンバーグ弁当を食べられなかったが今週は食べるぞと思って阪急電車の京都方面行きのホームに上がると、ベンチでM29800星雲からやって来た宇宙人が紺色と翠色のツートンカラーの文庫本を読んでいるのが見えた。ちょっとエッチな感じがする懐かしいマークを確かめた福居は、おはようございます、今日は何を読まれているのですかと尋ねた。宇宙人はにこにこ笑いながら答えた。
「ハナシガハヤイトオモッテネ、コウイウホンヲモッテキタノヨ」
宇宙人が見せたのは、中野好夫訳の新潮文庫『人間の絆』全4巻だった。
「サマセット・モームの本ですね。私がモームのことを知ったのは、ある英語の参考書の例文なんです。高校2年生の頃に購入した旺文社の原仙作氏の英文標準問題精講という参考書の例文に「モームの小説は面白いので、読み始めるとやめられなくなる」というような内容の例文があったのです。このハイレベルな参考書が私の受験勉強で活用されることはなかったのですが、高校2年生の頃には、赤尾好夫氏の豆単(英語基本単語集)、森一郎氏のしけ単(試験に出る英単語 一般的には「でる単」のようだが)でボキャブラリーを増やしたり、西尾孝氏の様々な英語の参考書で英語が好きになるよう頑張ったものでした。後にリンガフォン(CAN)を購入したりもしましたが、発音が下手で読むのも遅いので、長い間かかって修了証をもらうのがやっとでした。そんな感じで卒業して5年程は英語やスペイン語(リンガフォンの修了証があります)の学習に熱中していたのですが、職場が変わってそれどころでなくなりました。西洋文学もほとんど読まなくなりました。西洋文学を再び読み始めたのは、それから15年程経ってからで、40代半ばになっていました。モームは浪人の頃から読み始めて、『人間の絆』『剃刀の刃』『月と六ペンス』それから短編集をいくつか読みました」
「ドノサクヒンガエエノカナ」
「これは好みの問題でしょうが、私はモームの短編集やスパイものは好きではありません。『世界の十大小説』は本選びの参考にさせてもらいました。『月と六ペンス』は中野好夫訳を2回読んで最近新訳の金原瑞人訳を読みましたが、金原訳は読みやすい反面物足りない気がしました。時間があったら、もう一度中野好夫訳を読んでみたいと思っています」
「『カミソリノハ』ハドウヤッタ」
「私は中野好夫訳がいいと思って、講談社文庫を購入して2回読んだのですが、その時は蝋燭の影に今までの輪廻転生した姿が映し出されるシーンが強烈に頭に残ったのですが、新潮文庫斎藤三夫訳を読むととてもこなれていて読みやすく、登場する女性が艶めかしく感じました。私は中野訳の『人間の絆』が好きで、『デイヴィッド・コパフィールド』『二都物語』『自負と偏見』『アイヴァンホー』『ガリヴァー旅行記』も楽しみました。それで中野訳を読んだだけというのがいくつかあるので、『自負と偏見』や『ガリヴァー旅行記』は別の翻訳も読んでみようかなと思っています」
「『ニンゲンノキズナ』ハドウヤッタ」
「中野訳を5回読んでいて、有名なペルシア絨毯の謎が判明するシーンはいつも感動するのですが、昨年、読んだ時には物語の全貌がわかってきました。そうしてこの『人間の絆』という日本語のタイトルがモームの意図したものと違うことに気付きました。読後すぐに書いた感想文にも書いたのですが、「私が「絆」と言われて思い浮かべるのは、「親子の絆」とか「友達との絆」とか「同好の士との絆」とか掛け替えのない、親密な繋がりを連想する。そのためBondage の訳語の拘束とか、モームが言う、縛られた状態のことであると思わない。それで人間の絆は大切にしないといけない肉親や友人との絆のようなものと考えてしまうが、モームの考えている絆は、ボンデイジで日本語で言えば、拘束、断ち切らなければならない状態である。タイトルがその小説の内容を明らかにするネオンサインのようなものと考えると『人間の絆』というのではわけがわからなくなる。人間を拘束するものを断ち切るとかにすればどんな内容の小説であるかがわかりやすくなるが、それでは長くてインパクトがなく印象が希薄になってしまう。今更タイトルを変えることはできないが、ボンデイジを断ち切って主人公が成長していくという小説と考えて読むことは必要だろう」と考えます」
「アンタガソウオモテタラ、エエホンガミツカッタンヤネ」
「河合祥一郎訳の『人間のしがらみ』ですね。東京大学の先生でシェイクスピアがご専門で翻訳をたくさんされているので、『人間のしがらみ』は機会があれば読んでみたいと思っています。シェイクスピアは松岡和子訳をかなり読んだのですが、河合訳の『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『夏の夜の夢』も読んでみたいと思っています」
「デモ『ニンゲンノシガラミ』ハ2サツデ3000エンホドスルカラネ。アンタドウスルノ」
「母校の図書館にはないようです。でも高槻市立図書館にはありそうなので借りようかと思っています」
「ソウヤネ、ソノテガアッタヨネ」