オペラDVD「フィデリオ」について
現在、山根銀二著『ベートーヴェン研究』(全3巻)を読んでいるところですが、第8章がフィデリオで、このオペラについて興味深いことがたくさん書かれてありました。歌劇「フィデリオ」は以前から鑑賞しようと思いながらも二の足を踏んできたオペラでしたが、このベートーヴェン唯一のオペラを鑑賞しようとついに決心して、どれがいいかとあれこれディスクを調べてみました。レコードではいくつか名盤と言われるものがあります。クレンペラー盤はレオノーレ役のルートヴィヒの歌唱を、バーンスタイン盤はレオノーレ役のヤノヴィッツの好演を、ベーム盤はレオノーレ役のジョーンズの格調の高さを売りにしています。フルトヴェングラーも彼が最晩年の時に録音しており、こちらも一度聴いてみたい気がします。ただこのオペラが、最初から最後まで舞台が監獄の中で、レオノーレが主役(ヒロイン)なのに、なぜオペラのタイトルが「フィデリオ」なのかなど疑問な点も多いため、まずはどのような内容なのかがよくわかるようにDVDで鑑賞することにしました。少し古いものですが、1970年録画(オペラ映画)のベームが指揮しジョーンズがヒロインというDVDがあったので、これを鑑賞することにしました。
話は変わりますが、先に紹介した本にもしばしば出てきますが、ベートーヴェンの生涯というものは苦悩に満ち満ちたものだったと言えます。祖父は宮廷楽長でベートーヴェンはその血を引き継いだと言えるかもしれませんが、宮廷歌手の父親は才能のある人とは言えず、貧しかったのでした。そのため若くから教会のオルガンをひいたりして家計を助けていました。そんな彼も25才の頃に作品をいくつか発表し、その斬新な心を動かす音楽は徐々に人々の心を魅了して行きました。そうしてしっかりとした後援者がつき生涯に渡って彼を助けていれば、彼の人生はもう少し明るいものになったかもしれません。気難しい彼の性格が災いして、生涯の友はいなかったようです。またヨゼフィーネやテレーゼとの恋愛があったとの考証も試みられていますが、この本ではベートーヴェンが不器量だったので恋愛に関しては一方通行のようだったと書かれてあります。報われないのに、女性に何度も手紙を出したことも書かれてあります。これらのことに加えて、2つの疾患が追い打ちをかけます。どちらもデヴューして間もない頃の発熱が原因らしいのですが、耳疾患と腸疾患(しょっちゅう下痢をしていました)が彼を苦しめたようです。それから経済的な援助をする人も余りいなかったようです(ナポレオンが皇帝になってから退位するまでは、ウィーンという都市自体が揺らいでいました)。これだけの苦悩がデヴューの頃から死の間際まで彼を苦しめることになります。これらのことを知ると彼の活動すべてについて、苦悩を突き抜けて歓喜に至るようにしなければならなかった(やってられない)というのがあり、彼の生き方、作品の根底に流れているものもそうならざるを得なかったということが言えるのではないだろうでしょうか。けれども彼が友人や後援者に恵まれて、順風満帆の人生を歩んでいたら、彼の素晴らしい(こういう言葉でいいのかと思いますが)音楽を聴いたり、演奏したりすることはできなかったわけであり、われわれは彼の生涯に苦悩を与えた神様(?)に感謝しなければならないのかなと思ったりします。
この歌劇「フィデリオ」もベートーヴェンの心情が色濃く出たものとなっていて、ヒロインの夫のフロレスタンはベートーヴェン自身で、いつかレオノーレ(フィデリオというのは、牢獄に刑吏として入るため男装し名乗った偽名)のような女性が現れ、自分を牢獄のような環境から救い出してほしいと願っていたのではないのでしょうか。フロレスタンが救出され、ドン・フェルナンド(大臣)から恩赦を受けるとフロレスタンは感極まって別人のように動き回りますが、ベートーヴェンもこんなことができれば幸せだろうなと思って、作曲したのではないかと私は思ってみたりします。